図書室ブログ~その⑤~

作成日: 2021年11月24日 |カテゴリー: ブログ

在校生の皆さん、高校生の皆さん、こんにちは。

今回紹介する本は、岡野雄一さんのペコロスの母の玉手箱(朝日新聞出版)です。

 


 

長崎を舞台に、認知症でグループホームに暮らす90代の母親の」と「を、
60代の息子が優しいタッチで描く漫画『ペコロスの母に会いに行く』の第2弾です。

著者のあとがきによると、この本の制作途中でお母様のみつえさんは91歳で亡くなられました。

そのため本全体にお母様や、お母様の人生に関わりすでに亡くなられた方々への追悼の空気が色濃くにじみ出ることになり、前作よりも切なく重い内容になっています。

 

認知症というと、年老いた親の物忘れや徘徊などの症状に翻弄される家族や介護者の暗い話になりがちです。

いくつになっても「親」は「子ども」にとって絶対的な存在であり、その「親」がかつての絶対性を失っていく老いは簡単に受け入れられることではありません。

しかし著者は「老い」を、お母様が人生の様々な重荷から解放され、自由になり、無垢な赤子へ戻っていく過程ととらえています。

 

みつえさんは大正12年に子沢山な農家の長女として天草で生まれ、戦後に長崎へ嫁ぎ、酒癖の悪い夫に苦労しながら著者と弟の2人の息子を育て上げました。夫の死後まもなく認知症を発症し、やがて脳梗塞を患ってグループホームに入所します。

その頃のことを著者はこう振り返っています。

 

入院先の病院から施設(グループホーム)に入るまでの/不安、恐怖のなかを激しく揺れ動いた母の心/思い返すとこの平穏は/かつての日常に戻ることのない「平穏」/この、童女のようなとびきりの笑顔は/「日常」と引き換えに母の顔によみがえったのだ

 

日常」を失ったみつえさんは過去の記憶の世界、著者いわく「母の中にある玉手箱」の中へゆっくりゆっくりと沈んでいき、懐かしいご両親や兄弟姉妹、遊び友達や亡くなった夫と再会します。

そして著者もまた「玉手箱」の中へ迷い込み、母親の人生を追体験していくことになるのです。

もちろんこれは著者の想像ではありますが、「老い」を「赤子に戻る過程」ととらえ直した著者の愛情深い視点には胸が温かくなります。

「親」は生まれながらの「親」ではなく、もともとは誰かの「子ども」であり、そのまた「親」も誰かの「子ども」である。

『ペコロス』シリーズはそんな当たり前の事実に気づかせてくれます。「子ども時代(または成年時代)に戻っているのだ」と考えれば、第三者には理解不能な認知症患者の言動も、その人を「患者」ではなく様々な記憶を背負ったひとりの「人間」として見つめ直すきっかけになるのではないでしょうか。

 

では今回はここまで。